2021年8月 向日葵

 南泉は腕の中にひまわりと花瓶を抱え、自室へ向かうため、本丸の廊下を歩いていた。

 本丸の庭に咲いている大量のひまわりは、視界をすべて奪うように広がっている。圧巻、という言葉がよく似合う。そんな庭が、夏の本丸にはできあがる。
 それを「今年もすげぇにゃー」なんて呟きながらぼんやり見ていたら、ひまわりを管理育成している近侍から、なぜかそのひまわりを南泉はもらうはめになった。ひまわりの花束をもらっても困ると受け取り拒否を試みたが、花瓶なら蔵にいくらでもあってそれを持っていけば部屋に飾れるから困らないと言われてしまい、受け取るしかなくなり、このざまである。

 南泉に花を飾る趣味はない。愛でる趣味もない。遠くでぼんやり見るくらいでいいと思っている。それくらいのものだ。
 しかし受け取ってしまったからには、枯れるまでは部屋に飾るしかない――という諦めの境地で、ひまわりと花瓶を抱えて自室へと戻ったが、自室へ戻ったところで、新たな火種がいたものだから、南泉は頭を抱えたくなった。
「なぁんでお前がオレの部屋にいるんだよ……」
「君がそろそろ戻って来る頃だろうから、出迎えるために、だよ。ここに俺がいたところでなんの問題もないだろう?」
 自信満々に、いけしゃあしゃあと言ってのける長義に、これは今回もなにを言っても無駄だと思うが、そもそもほぼ反射でなぜ居るのかと口にしただけで、特になにかを言うつもりもなかったので、南泉は適当にあしらうことにした。
「はいはい。それはありがとにゃ」
「……感情がまったくこもってないよ、猫殺しくん」
「んなこたねぇよ」
 机にひまわりと花瓶を置きながら適当な感じで長義の相手をしていたら、南泉の背後に重さが加わる。
「君が素っ気なくても俺が君の特別だということに変わりはないから、そこはまあいいんだけど……この花、どこの男から貰ってきたんだい?」
 南泉を背中から抱き締め、悪意が含まれた物言いをしてくる長義の腕を軽く叩きながら「うちの近侍だよ」と、隠すことでもなんでもないので、南泉は押し付けてきた相手を素直に告げる。
「確かにこの花は、彼以外にはないな」
「だろ。わかったらどけ。花活けるのに、お前は重いし、邪魔にゃ!」
 と、今度は別の意味を込めて南泉は長義の腕を強めに叩く。
 すると素直に南泉から離れたものの、長義は別方向から手を出してきた。
「俺が君の替わりに活けるよ」
「はっ?」
 思ってもみなかった長義の発言に、南泉は間の抜けた声を発してしまう。
「他の男から貰った花をそのまま君が活ける、というのが気に入らないからね。俺の手を加えてあげるよ」
「お前、本当にオレが絡むと途端に面倒くささが倍増すんにゃ……」
「面倒くさいとは失礼だな。それだけ俺は君のことをおもっている、ということだよ」
 「それが何か問題でも?」と続ける長義に、南泉は肩を軽くすくめ「なんの問題もねぇよ」と笑みを浮かべた。

 端から見たらこれは重たい感情かもしれない。だが重さをかけられる場所というのは、きっと誰しにも必要で。それが互いにとっていやなものでないのなら、重たかろうとなんの問題もないのだと、南泉は思うのだった。

「きれいに活けてくれよ」

―了―