2021年6月 梅雨

 誰しにも向き不向き、というものはある。それは本質的なこともあるので致し方ないことだ。
 そのためこの本丸の審神者が壊滅的に事務作業というものが不得手なのも、致し方ないことである。向き不向きというものがあるのだから。
 ――そこの点には納得はしてはいるものの。
 近日中に時の政府に提出しなければならない書類仕事のために作業部屋に軟禁されるのは、不本意でしかない。
(なんのために近侍がいるんだ……!)
 段取りをしておけばこういった事態も防げるはずであるが、審神者も近侍もそこを怠っているからこういった事態に陥るのだと山姥切長義は考える。
 現在この本丸の近侍は山姥切国広、長義の写しである刀だ。それもあって長義の苛立ちはより強くなる。
(俺の写しなんだから、こういったものもスマートにしてくれないかな! 俺の品位まで損なわれたらどうするんだ!)
 考えれば考えるほど募る苛立ちに、廊下を歩く足音も力強いものとなる。
 それでも作成すべき書類をすべて作成し、作業も終わりを告げたので、解放されたことへの喜びはある。その喜びは長義以外にはわかりづらいものでしかないが、自室の引き戸を勢いよく引いて、勢いが強すぎて壁にぶつかって引き戸が再び閉まるというくらいの勢いのものだ。

 身体も頭もしっかりと疲れている。それはまぎれもない事実である。喜びかたの行動にもそれが現れていると言える。
 それだけ疲れているからこそ、しばらくは怠惰に過ごしたい気持ちもある。
 だが癒しも欲しいものである。むしろ長義が今一番欲しいものは、癒しだ。
「よし」
 長義はひさしぶりに帰った自室から踵を返し、すぐさま出て行く。
 目的地は言わずもがな、恋仲である南泉一文字の部屋である。


 ◆ ◆ ◆


 もうひとつの自室――そう言っても過言ではないほどに馴染んだ部屋。
 それでも礼儀は欠かない。入室にあたり長義は軽くノックはする。だが返事をまたずに足を踏み入れる。その行為が許されているからこその行動。
「猫殺しくん入るよ」
「おー」

 部屋の主は空返事だけをする。足を踏み入れた長義のことを見向きもしない。
 彼、南泉一文字は、窓際にてるてる坊主をくくりつけることに必死になっているからだ。
「なにをしているんだ? というか、なんでそんなことをしているんだ?」
 長義は率直な疑問をそのままぶつけるが、南泉は相変わらず長義のことを見ようとはしないまま、てるてる坊主をくくりつけることに必死になっていて、生返事をするだけ。
(癒されたくて来たっていうのに、なんなんだ……)
 現状を嘆いて頭が痛くなるし、そもそも南泉が危なっかしい手付きでいつまでもてるてる坊主を取り付けられないでいることにも頭が痛くなるというもの。
 長義はため息をひとつこぼすものの、現状を打破するために、手を差し出す。
「ここにぶらさげたいのかな?」
「ん。ああ……そうだにゃ」

 窓辺にはてるてる坊主がぶら下がる。
 南泉が悪戦苦闘していたことを長義はすんなりとクリアしてしまう。だがそれが不満ではないのであろう南泉は「サンキュ」と屈託のない笑みを浮かべる。
「本当に君は……」
 はぁ~っと大袈裟でわざとらしいため息を吐き出しながら、長義は南泉の肩に額を乗せる。そのどさくさついでに抱きしめて、南泉を腕の中に囲う。
「あー……お前が部屋に来たってことは仕事終わったのか。お疲れさんにゃ」
 短刀にやるかのように頭をぽんぽんとしてくる南泉に、俺は小さな子たちとは違うよ、そんな言葉をぶつけようとしたが、長義はそれを飲み込む。

 背中に回されたもう片方の手の温かさが、心地良いから――。

「本当に疲れたよ。癒してもらいたくてここに来たのに君は他のことに一生懸命になってるんだからね」
 しかし心地良さに気をよくしても、恨み言をこぼすのは怠らない。不満は抱えたままでいるよりきっちりと解消しておきたいからだ。
「あー……粟田口の短刀たちが雨で暇だからっつぅんで、てるてる坊主作ってたんだよ。それ貰ったから、せっかくだからぶらさげっかなって思って付けようとしてたんだよ」
 「別にお前のこと蔑ろにしたわけじゃねぇぞ」と口ごもりながらぼそぼそと言い訳がましく言葉にしてくる南泉だが、もらったものをそのままにしないところが、本当にらしいな、と長義は痛感する。

「わかってるよ、南泉……」
 南泉がそういう性質なのは、昔から変わらない。長義はそのことを昔からよく知っている。
「わかっているけど、俺は君に癒してもらいたいんだ。癒してくれるかな?」
 しかし長義は目的を達成することを諦めてはいない。
 そんな長義の言葉に南泉は眦を下げながら「そういうところ、ほんっとお前らしいにゃ」と笑うのだった。

―了―