2021年4月 桜

 主から誉をいただくと、その刀剣男士の周囲に桜が舞う。それ以外でも、嬉しいことや喜ばしいことがあると、桜が舞うことがある。
 それはもう、多々ある。
 わかりやすい感情のバロメーターともいえる刀剣男士の周囲に舞う桜。
 それを誉を取ったわけでもない南泉がまとわせていた。

 表情は平穏そのもの、という風を装ってはいるけれど、まとわせている桜が南泉が見せている姿と内実は違うのだということを雄弁に語っていた。
 本人がそれに気付いているかどうかは、不明ではあるが……。

 そんな南泉の姿から、南泉を見掛けた誰もが彼になにか良いことがあったのだろうと推測をするが、理由を問う刀はいなかった。
 こういうときは誰しにもあり、触れられても良いとするもの、それを良しとしないもの、その許容はそれぞれによって違うものだからだ。


 ◆ ◆ ◆


 南泉に与えられている部屋にはそれほど大きくはないが、窓がひとつ、ついていた。
 その窓を開けると本丸の裏庭が見渡せた。季節が春ということもあり、今は満開の桜が本丸の景観を彩っていた。
 月明かりに照らされている桜は、昼間とはまた違う姿をみせている。
 どちらであろうと桜の美しさは変わらない。
 
 南泉は自然とにこにことした笑みを浮かべながら、部屋から夜桜見物を行うための準備をする。
 外が一望できる位置に、昼間万屋で購入してきた酒とつまみを盆の上に並べる。
 今夜は万屋の店主に勧められた酒と瓶の風合いが春を思わせる酒の二本が用意された。
 準備があらかた整ったところで、部屋の扉を叩く音と、南泉が返事をするよりも早く開けられる扉。
「やぁ猫殺しくん、お邪魔するよ」
「…………。オレはなんの返事もしてねぇぞ」
 了承もなにもなく平然と足を踏み入れてくる長義に対し、南泉は露骨に顔をしかめてみせる。
「でも俺が来るのわかってただろ」
 自信ありげに言葉にする長義の表情は、強気で揺るぎがない。
「わかんねーよ」
「説得力がないよね、きみ。しっかり俺の分も用意してるくせに」
 それ、と長義が指差した先にある盆の上には、グラスがふたつ置いてある。
「……酒が二種類あっからだよ!」
「うん。そういうことにしてもいいけどね」
「っ! おっまえ、にゃー!」
「南泉はさ、毎年毎年、本当にこのやりとりするの好きだよね」
「そんなことねえ、にゃ!」
「去年も一昨年もその前も、それこそ何百年も繰り返してるのにそれを言うのか」
 ふっと鼻から抜けるように笑いながら、しかし長義のその表情はとても柔らかく、南泉は何度も、それこそ飽きるくらい見ているはずにも関わらずドキッとしてしまうし、それを理解してる長義はさらに笑みを深める。
「まあいくらでも付き合うけどね」
 そうこぼすと、長義は当たり前のように南泉の隣に座り「さあ今夜の夜桜を見ながら飲もうか」と、酒の蓋を開けるのだった。

―了―