2021年3月 苺

 山姥切長義が遠征任務を終えたその足で南泉一文字の部屋へと訪れると、彼はちょうどお茶にしようとしていたところだった。
「おや、猫殺しくん。俺が帰ってくる時間を把握していたのかな?」
 自分のために用意されている、ということを寸分も疑うことなく、肯定されることを当たり前として自信満々に言葉にした長義であったが、南泉の顔は言葉を発するよりも先に「はっ? お前なに言ってんだ」という表情を浮かべた。
 ――が、南泉はすぐにその表情を引っ込めると「ちげーよ。ちげーけど、食いたいならわけてやるから着替えてこい……にゃ」と、着替えもしていないそのままの状態はお断りだということをやんわりと伝えてくる。
「了解した」
 引っ掛かるものがないといえば嘘になるが、突っかかるほどでもない。そう判断をした長義は素直に南泉の言葉に従った。


 ◆ ◆ ◆


 着替えてきた長義に、南泉は先程の言葉通り、長義のためのお茶を淹れ、わけてやると言っていた茶菓子も並べる。
 並べられた茶菓子は、色とりどりのいちご大福。
 長義はそれらをまじまじと見つめる。
 求肥が白はあんこ。ピンクは白あん。黒はチョコレート。黄色はカスタード。と、味によって色が違うらしい。
「君がこういうのを買うなんて珍しいね」
 南泉は率先して変わり種を買うタイプではない。意外にもこういうものに対しては慎重派なことを長義は知っている。知っているからこそ、疑問をそのまま言葉にした。
 すると南泉は「あぁ~……」と視線を泳がせながら、言いたくなさそうな態度を示しつつ、言わないほうがよけい面倒なことになることを理解しているからか「御前に買ってもらった、にゃ……」と入手理由を素直に口にする。
「一文字則宗か……なるほどね」
 先程の引っ掛かりは、ここにあったのか――答えがわかれば、それはとてもわかりやすくて、腑に落ちるものとなる。
「彼はこういうの、好きそうだよね」
「好きだし、買い与えるのも好き、にゃ……」
 甘やかしてくる自身の刀派の年長者に対し、南泉は机に突っ伏し頭を抱える。
 一文字が増えたことで、南泉の立ち位置が変化していることは理解しているし、そこに介入できないものがあることも長義は理解しているからこそ、あえて多くは触れない。
 それで変わるような関係でもないからこその、余裕があってのことではあるが……――。

「で、君はこれをひとりで食べきるつもりだったのかい?」
 それぞれの味に対してひとつ、ではない数がそこにはある。どう考えても、ひとりで食べきれる量でもない。
「んなわけねーにゃ。お頭と兄貴に持っていくつもりだったんだよ。でもお前が帰ってきたから……」
「俺が帰ってきたから、どうだっていうんだい?」
「……お前に食わせてやってもいいって、思ったんだよ……」
 南泉に言わせたい、その気持ちが長義を刺激する。刺激するからこそ、あえて問う。
「……お前に食わせてやってもいいって、思ったんだよ……」
 ぶっきらぼうに答える南泉に、長義は良くできましたとばかりに、ひっそりと笑みをこぼす。南泉に見られないよう、それはもう、ひっそりと。

―了―