2020年11月 もみじ
人には向き不向き、というものがあるのと同様に、人の形として顕現した付喪神である刀剣男士たちにも、向き不向きというものは存在している。
その向き不向きというものがよく現れるのが、内番だろう。
日々の内番当番には向き不向きというものは考慮されず、向き不向きというものは一切合切関係ないものとされ、どれだけ不平をこぼそうとも、交代制で全員が順番に担当するものとなっている。
――が、イレギュラーというものは、どこにでも発生するもの。
それが時の政府への報告書や決算等、提出書類作成に関する作業に人手を必要とするときだ。この人手に関してだけは、向き不向きが最優先される。不向きな者には絶対作業をさせることはない。まさに適材適所と言わんばかりの人員配置がされる。
現在この本丸では上半期報告書作成及び諸々の書類作業が行われている。
その実務作業メンバーに長義は加入させられていた。
それは元々政府で監査官としての任務をしていたことを買われてのこと。実力を買われることに対し、長義の性格的に言っても不本意さはない。ある意味当然の選択だと、上からの立場で誉めるくらいだ。
しかし、だ。ここでの作業は、過酷さしかないがゆえに、長義にどれだけ見合う実力があろうともメンバーにはなりたくないという気持ちにさせるものだった。
――そんな気持ちを長義が持とうとも、一度でもメンバーに選ばれてしまったが最後、実務作業期間は常に拘束される運命。基本的にこれが覆ることはない。
この本丸に顕現して二度目の実務作業に駆り出されていることから、そのことを長義は否応なしに実感させられていた。
◆ ◆ ◆
それなりの手際で実務作業を行うことができる、ある意味選抜された刀剣男士たちは、作業部屋にほぼ拘束される。拘束されている状況なので、当然ながら内番当番も回ってこない。
逃げることもできない環境ではあるが、睡眠時間だけはそれなりの時間、確保が約束されている。
人の形として顕現しているからか、人と同じように空腹を感じ、眠気を感じ、疲労も感じる。そういった理由もあるので、睡眠時間は確保されるようになっている。
状況が状況なのでゆっくり休息がとれる、というような、しっかりとした時間ではないけれど……――。
それでも睡眠時間が確保されているという事実は大きい。根を詰め、神経を張りつめ、パソコン作業を行ったり、書類の内容確認を行ったりというのは、身体が凝り固まるばかりで疲労の溜まりかたが本来とは大きく違う。休息を取れるといういう事実は、多少ではあるものの身体だけでなく気持ちも楽にさせる。
ようやく作業から解放された長義は、それらを実感しつつ、いくらかの開放感とともに自室へと足早で戻る。少しでも早く身体を休ませるためであったが、その足は自室へと近づくにつれ少しずつペースが落ちた。
自室と思われる部屋のあたりで、灯りが漏れていたからだ。
(電気をつけっぱなしにしていたか……?)
長義の性格的に考えて可能性としては低いことだが、この状況下では絶対とはどうにも言い切れない部分があることは拭えない。
いくらか訝しくなりながらもたどり着いた自室は戸の隙間から灯りが漏れていた。
電気の消し忘れを長義に考えさせたが、戸を開けて思わず長義は脱力するとともに、失笑をこぼさずにはいられなかった。
長義の眼前には、長義の部屋だといういうことをものともせずに、床で寝入っている南泉の姿があったからだ。しかもなぜか戦闘服のままという、どう考えても寝にくそうな状態で、だ。この姿を前にしたら失笑するしかないだろう。
後ろ手で音を立てないよう戸を閉めると、長義は足音を立てないようゆっくりと南泉に近づく。起こさないよう、慎重に。
そして南泉の頭上付近に腰をおろすと、身体を折り曲げ耳元でささやくように名前を呼ぶ。
「猫殺しくん」
「んー……」
ささやくような声音だからか、反応は鈍い。
理由を長義は理解しているからこそ、苛立ちもなにもおきない。むしろ笑みを浮かべる。
――猫の警戒心が解かれている証拠だからだ。
にやけてしまう口元を手で覆い、深呼吸をひとつ。新しい空気を体内に取り込んで一息ついたところで、再度名前を呼ぶ。
今度ははっきりとした声音で。
「猫殺しくん」
首に巻かれている首輪の飾りを軽く引っ張るというオプションもつけて。
はっきりとした音と身体に伝わる衝撃は、寝ていた猫をさすがに起こすものだったようだ。
「んんー。あ、れ……山姥、ぎ、り……?」
まだ眠りに引っ張られているのか、南泉は覚束ない口調と微睡んだ瞳で長義のことを見つめる。長義はその視線を真正面からしっかりと受け止める。
しばらく見つめ合ったままでいると意識がはっきりしてきたのか、南泉ははっとした表情をしたかと思えば勢いよく飛び起きる。
南泉にあわせ長義も体勢を立て直すと、唇の口角だけをあげ、南泉が長義の部屋にいる理由について問う。
「部屋の主が居ない間に入り込んで君はなにをしているんだい?」
「あー……その、だ……にゃ」
頭を掻きながら、しまったという文字を顔に浮かべ、南泉は言いたくなさそうな態度を滲ませつつも、この場から逃げられないことを承知しているからこそ、重たい口をゆっくりと開く。
「お前ここ最近ずっと書類仕事に忙殺されてっから、季節の変化も知らねーだろうなって思って、だ……にゃ。土産……」
顎で南泉が示した方向に視線をやれば、整頓された机の上に赤と黄色に色付いたもみじが二枚、置かれていた。
「遠征先で見掛けてきれいだったからよ……」
「それは嬉しいな。ありがとう、南泉」
諸々の疲れがすべて吹き飛びそうなほどに、喜びが長義の全身にめぐる。
しかし、だ。南泉が長義の部屋にきた理由は明確になったが、南泉が長義の部屋で寝ていた理由が、ない。おおよその理由は予想がつくところではあるが、そういうことは本人の口から直接言わせたいもの。
長義は南泉の額に自身の額をコツンと軽い音をさせながら当てると「で、ここで寝ていた理由の説明がないから、きちんと説明してもらいたいんだけど?」と、詰めるのだった。