8月 浴衣

 普段洋装をしているからといって、和装が苦手だとか着れない、なんてことはない。

 だがなぜか山姥切長義は、南泉一文字に浴衣の着付けをされていた。
「猫殺しくん、俺は浴衣くらい自分で着れるんだが?」
 これは今日何度目になるかわからないが、何度目かになる長義による問い掛けだ。
 しかしこれに対する南泉からの返答は一切ない。無言を貫かれている。
「…………はあっ」
 南泉一文字はときどき妙に頑固で、話を一切聞き入れないときがある。ただこういうときは、ある程度の時が経てば、説明される。なので待つことが一番最適とされる対処方法だ。
 どうしようもなさにこぼされるため息ではあるが、これくらいのことは容赦されていいだろう。
 なにせされるがままにされているのだから。


「うしっ! 上出来!」
 ようやく言葉を発したのは、着付けのすべてが完了したときだ。
 南泉一文字が見立てた浴衣に身を包んだ山姥切長義の姿を、満足そうな表情でみつめてくる。その表情を独り占めしていること、その表情をさせているのが他の誰でもない己だということ、そこにこみ上げてくるものはある。
 ――とはいえ、ずっとだんまりでいい、というわけではない。
 文句のひとつやふたつ言っても良いはずだし、それでも割に合わないという気持ちは少なからずある。
 どうぶつけたものかと思案していれば。
「あと、これはお守り、にゃ」
 そう言うと南泉一文字は山姥切長義の左手を取り、赤い紐を巻き付ける。
 それは南泉一文字が軽装のときに身に付けているものに他ならない。
 お守り、という言葉の意味するところを理解した山姥切長義は、これでは文句なんて言えようはずがないので、あらゆる言葉を呑み込むのだった。

―了―