7月 スイカ

「今夜、抱くから」
 出会ってすぐ、朝の挨拶より先に長義に言われた言葉だ。
 宣戦布告にも取れなくない宣言。
 たまに長義に訪れる、抑え込むことの出来ない衝動、とも言おうか。こういうときが、ある。
 南泉のことを追い詰めて、追い詰めて、抱いてと言わせようと底意地悪くされるより、相手から求められるほうが気楽なときもある。
 どっちがいいとか、どっちがいやだとか、そんなのはそのときの気分次第。気分とはいえ、南泉は、長義だから、基本的にはどんなことも受け入れるのだが……――。

 そんな朝の宣言通り、長義は南泉を抱こうとしていた。
 余裕がないと言わんばかりにベッドへ押し倒し、服を脱がすよりも触れたいのだというように、執拗なほどの口付けを繰り返す。
 まだ口付けしかしていないのにあがっている息が、すべてを物語っている。
(こういうときの切羽詰まってる顔、さいっこう)
 長義と違い、長義の好きにされているだけの南泉は余裕があるので、優雅な鑑賞に耽っていた。
 長義が苦々しい表情を浮かべながら、煩わしそうにジャージのファスナーを下ろすその姿も、それを投げ捨てるのも、南泉からすると、すべてが愛おしい。そんなにも己を求めているのだということが、見て取れるからだ。
 一挙手一投足、どんなものも見逃さない、そんな気持ちで長義のことを見つめていれば、南泉に触れるための手を素のものにするために、口で手袋を脱ぎ捨てようと手袋の先を噛んだのだが、長義はあからさまに「あっ」という表情を浮かべ、行動を止めた。
 そしてなんでもないという表情に切り替え、しれっと次の行動に移ろうとする長義の手首を南泉はしっかりと握りしめ、行動を遮った。
「なんでこれ、取らないんだ?」
「……たまにはこのままもいいかなと思っただけだよ」
「嘘吐き。お前がなにか隠してるのバレバレにゃんだよ」
 手袋の下になにかがあるのは明白。ならばそれはさっさと暴いたほうが、話は早い。
「なに隠してんだよ。見せないなら抱かせねぇにゃっ!」
 やる気になっているところに水を差され、南泉を抱くという目的を達成できなくなるのは、長義からしても不本意なことなのは確かで。話をこじれさせたら面倒なことになるのも、また確かなことで。
 考えるまでもなく、南泉の言葉に素直になるのが最善策だからこそ、長義は渋々、でもギリギリの強気さを捨てない。
「気になるなら、猫殺しくんが俺の手袋を外したらいいんじゃないか?」
 素直さは多少足りてはないが、それでも長義は折れた。南泉は長義のその素直さに、唇の口角を自然とあげてしまう。こういうところが、いいのだ。
 この感覚を堪能していたいところではあるが、機を逃すのは、よくない。今は早々に行動するべきだ。
「んじゃ、外すな」
 手際よく手袋を脱がし、なにが隠されているのかの検分を始めると、目に飛び込んできたのは、カラフルな爪だ。
 物語を作っているかのようにスイカ割りが長義の爪先で繰り広げられてた。
「これはすごいにゃー」
「…………主と加州の力作だよ」
「にゃるほど」
 今日の長義は審神者たちと実務作業に入っていたが、そのときにやられたのだろう。理由に関しては、訊いても意味がないので南泉は訊かない。だが理由は訊かないが、感想は言葉にする。
「見事に夏って感じの爪だな」
 そんな感想を口にしながら、南泉は長義のカラフルな爪を口に含む。
 再開の合図、だ。

―了―