4月 お花見
この本丸の審神者は女性であり、趣味で時折着物を着る、という人である。
その人の着物が短刀たちによって虫干しされているところに、南泉は出くわした。
干されている着物は、色とりどり、鮮やかなものから、シックなものまで、様々である。
その中で南泉の目を惹くものが、ひとつ。
春を思わせる花模様の柄のそれは、懐かしい、そう思わせた。
懐かしさが、南泉の足をとめさせた。時間を忘れて魅入るほど、強い懐かしさが、そこにあった。
「猫殺しくん、なにそんなところで突っ立ってるんだ。後から来るって言っときながら、優雅に寄り道なんてて……」
いつまでも来ない南泉にしびれを切らし、迎えにやってきた長義は、南泉の視線の先にあるものを見て「ああ……懐かしいね……」とこぼした。
「だろ……」
暖かい季節になってくると、尾張徳川のお姫様たちが鮮やかな花柄の着物を着て戯れていたのを、刀の姿でみていた。何百年も前の、刀であったときの記憶は、人の身を持った今も思い出されるらしく、こうして足を止めてしまうほどだ。
思い出に浸る心地よさ。このまま身を委ねていたいところではあるが、それはできないという現実を長義が突きつけてくる。
「でもね、猫殺しくん。いつまでもここにいるわけにはいかないことを思い出してくれるかな」
「へっ?」
「今日の当番、覚えているかな?」
「にゃっ!」
「思い出したみたいだね。いくよ」
名残惜しく、視線は着物にやったまま、南泉は当たり前のように長義に手を引かれ、この場から立ち去るのだった。
―了―