3月 菜の花

 本丸には春になると見事な菜の花畑が生まれる。
 時期になると植えられ、暖かくなってきた頃に花開き、それはもう見事な黄色い絨毯が堪能できる。
 ――と、言いたいところだが、この本丸では黄色い絨毯は見られない。
 菜の花は春の訪れを堪能するために植えられるものではないからだ。

「山姥切、それもう摘んだほうがいいやつだにゃ」
「あっそう………………」
 南泉に指摘され、感情もないままに適当な返事をしながら、長義は言われた菜の花を詰む。

 そう、この本丸において菜の花は、食料だ。
 花が咲く前にほとんどのものが摘み取られるので、摘み損ねたものがまばらに咲くくらいで、黄色い絨毯など生まれることはないし、生まれたこともない。

 長義は出陣もなく、内番当番でもなかったために、菜の花を摘む作業に駆り出されていた。  長義は畑仕事は好きではない。馬当番も厨当番も、戦うこと以外の仕事も好きではない。刀の本懐である出陣などの刀を振るうために身体を使用するのは好きだが、畑仕事で身体を使用するのは好ましく思っていない。
 そんな様々なやりたくないという感情を込めたため息を吐きながら、長義は目の前の菜の花を摘んでいく。
 与えられた仕事をやらない、というのは、趣旨に反するので行いはするが、やりたくてやっていることではないので、どうしたって態度にでる。
 そんな長義の姿を見ながら、南泉はおかしそうに笑う。
「お前ほんっとこういうの嫌いだよな。でもこれに参加したら摘みたての菜の花料理食えるんだし、ちゃっちゃとこの辺片付けよう、にゃっ!」
 お浸しや炒めもの、いろいろな料理がここに参加したら先行で振る舞われる。しかし長義はそこにたいして魅力を感じていないので、そこを推されても、それがなんだ、としかならないが、そこを推してくる南泉は、そんなに菜の花料理が好きだったのか、基本的にわかりやすい南泉と一緒に過ごしていてそれに気付かないことなんてあるのか、そんな疑問が長義の中に浮かぶ。
「猫殺しくんはそんなに菜の花料理が好きだったか?」
「別に好きじゃないにゃー」
「はっ?」
 どう考えたって菜の花料理が好きとという発言をしていたが、あまりにもあっさりと南泉が否定をするものだから、長義は気の抜けた返事をしてしまう。
「菜の花摘むと春になったんだなあって、わかりやすく感じるのが好きなだけだし。あと山姥切がいっつも嫌そうな顔しながら摘んでるのを見るのが好きなだけだな!」
 満面の笑みで好きな理由を述べてくる南泉に長義は「悪趣味だな……」と、苦笑をもらした。

―了―