#07:trickster
掲載内容
trickster
南泉一文字は、とにかく酒癖が悪い。
本当に悪い。酷い。最悪とも言える。
酒を呑んで、迷惑をかけないときがない。
――しかし南泉が迷惑をかける刀は、ごく少数に限られている。
そのごく少数以外の刀には、南泉は酒癖がそこまで悪いとは思われていないし、なにかしらをやらかしても笑って済ませてもらえている。
なぜならそこまでの迷惑がかかっていないからだ。
迷惑をかけられているごく少数の刀は違う。南泉に対し酒はほどほどにしろと毎回窘めるし、介抱するし、面倒もみる。
けれど慣れとは怖いもので、迷惑をかけられているのを承知で、結局南泉の面倒をみてしまうのだ。
それは愛される能力がずば抜けて高いがゆえの、南泉の能力なのかもしれない。
などというようなことを考えつつ、今宵も一番迷惑をかけられ、一番南泉の面倒をみている山姥切長義は、酒宴の場から南泉を引きずり出しているところだ。
「猫殺しくん。そろそろ部屋に戻るよ」
「んー。わかったにゃー」
「………………」
南泉も迷惑をかけてもいい刀と、そうでない刀の判別はつけているものだから、こういう言葉には素直に従う。
迷惑を普段からかけている刀以外に失態をみせないために。
しかも泥酔と言っていいほどに南泉は酔っぱらっているはずなのに、なぜかしゃきっと歩いていて、まったく酔っているようにはみえない。むしろ戻ろうと声をかけてる長義のために南泉が付き添うようにもみえるくらいだ。
見栄っ張りというべきか、プライドが高いというべきか……――。
長義だって酒はそこそこに呑んではいるが、南泉の面倒をみることになると酔いも一気に覚めるし、冷静になってしまう。
それだけ南泉がかけてくる迷惑がすさまじいということだ。
(こういうところ、本当に姑息というか、ちゃっかりしているというか、なんというか……)
あえて言葉にはしないけれど、酒宴の場に参加するたび長義はいろいろと考えてしまう。
それでも面倒をみてしまうのだから、長義もしっかり南泉にほだされているといえるのだけれども。
◆
長義はまともに歩けるわけもない南泉に肩を貸しながら部屋へ戻るために廊下を歩いていると、早々に酒宴の場から抜け出していた物吉と出くわす。
物吉は長義と南泉を見て、感嘆の声をあげる。
「うわぁー! 南泉さんってば、今日もだいぶ酔っぱらってますねぇー……」
物吉も南泉に迷惑をかけられている刀である。なので南泉が今どれだけ酔っぱらっているかの判別が的確にできる刀だ。
「そんなことない、にゃあー」
南泉は長義に支えられていた腕をふりほどくと、物吉に抱きつく。どう考えても、酔っぱらいの行為そのものだ。
「南泉さん、そんなことありますよ!」
抱きつかれている物吉も慣れているもので、南泉のあしらいは上手い。
南泉の背中をポンポン軽く叩きつつ、器用に南泉を己から剥がして、長義へと戻すのだから。
「山姥切さんお疲れ様です。お手伝いできることがあったら声をかけてくださいね」
「ありがとう。今日は大丈夫そうだよ」
しかしねぎらいは忘れない。
そもそも長義が南泉の面倒をみているときは、南泉に迷惑をかけられているごく少数の刀――つまりは尾張徳川の刀になるが――は、あまり手を出してはこない。長義と南泉の関係を理解しているからこそ、声をかけられない限りは手を出さない。線引きがはっきりしている。だが声をかければ甲斐甲斐しいまでに手助けをしてくれるので、そこは長義もしっかりと見極めているところではある。
なので大丈夫と言ったそばから頼みたいことを思い付いても、なんの遠慮もしなくて済む。
「ああ、物吉。大丈夫と言ったが、ひとつ、頼みたいことがある」
「はい。なんでしょう?」
「この酔っぱらいに水をもらえないかな」
「わかりました!」
ぱたぱたと廊下を早足で駆けていく足音を訊きながら、長義は再び南泉と連れ立って部屋の方向へと歩き始める。
まともに歩けない状態の南泉を引き摺るようにしながら歩いているので、物吉が水を持って戻ってくるほうが断然早く、三振で南泉の部屋へ向かうことになるのも当然の成り行きだろう。
◆
南泉の部屋は、南泉が心地よく過ごすことに重きがおかれているので、まず寝具が選び抜かれた逸材だ。布団ではなくベッドなのが、一番わかりやすい点だろう。
しっかりと厚みのある適度な固さのマットレス。季節問わず利用でき、常に心地よさを堪能できるガーゼキルケット掛け布団にパッドシーツ。
これだけで南泉が睡眠のために掛けている労力が違うのがわかるところ。
そのベッドに向かって南泉を放り投げたくなる気持ちを押さえ込みながら、長義は南泉をベッドに座らせる。
物吉が持ってきてくれた水は、氷も入れられており、ガラスボトルにぶつかるたびに涼やかな音を響かせる。
しかも気遣いを欠かさない物吉は、ただの氷水を持ってきたのではなく、フレーバーウォーターを作ってくれた。グラスもふたつ、しっかり用意されている。
物吉の隙のない気遣いに感嘆しつつ、長義は水をグラスにそそぐと、浮かんでいるレモンスライスとミントの匂いがふわっと香る。
鼻孔をくすぐるレモンとミントの香りが、それだけで気分を爽やかにしてくれる。
これで酔っぱらいであるところの南泉も、多少はましになるだろう。そんなことを思いながら、長義は南泉に声をかける。
「さ、猫殺しくん、とりあえず水呑んで」
南泉の眼前にグラスを突き出せば、南泉は「やだっ」と言い出す。
「はっ? 酔っぱらいの猫殺しくん? あまり手間をかけさせないでくれないか?」
手間ばかりかかる南泉に、長義は苛立ちを隠さない。取り繕ったところですぐに剥がれるものなど、意味をなさないからだ。
しかし南泉は長義の苛立ちに構うこともせず、己の欲望を平然と突きつけてくる。
酔っぱらいらしい、自己中心的な行為そのものである。
「呑ませてくれ、にゃ」
「君は本当に面倒だな……」
はあっと大袈裟なため息を吐き出すと、長義は南泉に突き出していたグラスから水を口に含んだ。