#03:Continue the World

掲載内容
「君のいう好きとは違うんだよ」
「どれだけ惚れさせたいの!好き!」
「ったく、もう」
「おやおや、随分とお転婆さんだね」(書き下ろし)


「君のいう好きとは違うんだよ」


 夕食の途中から隣で不機嫌になっていたのは、気付いていた。不機嫌になっていたのはわかっていても、その理由については、不明のままだ。
 ただ、なにかが、彼の中で気に入らなかったのだろう。
 南泉からしたら不機嫌になるのは正直勝手にしてろ、という話でしかないのだが、不機嫌になっている場所が南泉の部屋で、さらに南泉のベッドの上なものだから、勝手にしろとも言い切れない状況ではあった。

「山姥切~? 不貞腐れんのはいいけど、なぁんでオレの部屋なんだにゃ」
 南泉のベッドで丸くなっている長義に、ベッドサイドで頬杖をついて問い掛けるが、無視を決め込んでる長義からの返事はない。
「なぁ山姥切~? 聞こえないのかぁ~?」
 南泉の部屋にいる時点で長義は南泉に気にかけてほしいのかもしれない。しかし拒絶するような態度は、触れないでいてほしいのかもしれない。
 かまわれたいのか、かまわれたくないのか、まったくもってわからない、わかりにくいことをしてくる相手に、正直面倒くさいという感情は沸く。
 面倒くさくはあるが、放っておこうと思っていられるほどの薄情さは、南泉にはない。
 なので長義の感情については考えず、己の心情に従う

(……っとに、しょーがねえよなぁ)
 手の掛かる相手にサービスしてやるかと言わんばかりに、南泉は一息つくと、再度彼の名前を呼ぶ。
「長義。こっち向け……にゃ」
「………………」
 伏せられていた顔が、南泉のほうを向く。
 山姥切ではなく、長義と呼んだことによる、わかりやすい効果だ。
「オレの声ちゃんと聞こえてんじゃねぇか」
 ようやく反応を示したことに気をよくして、南泉は目を細め、へらっとした笑みを浮かべる。
「なぁ理由、話せよ」
 へらへらしながら、たいして柔らかくもない長義の頬をつつきながら、南泉は要求する。
 南泉に頬をつつかれるまま、ぶすっとした表情を浮かべた長義はポツリと、こぼす。
「これは俺の問題で、俺が勝手に機嫌を損ねてるだけだから、君に機嫌を取ってもらうことじゃない。俺が自分で自分の機嫌を回復させないといけないんだ」
「自分の部屋じゃなくてオレの部屋に来て、そういう態度で、んなこといっても説得力ねぇにゃー」
 発言自体はとても高尚ではあるが、行動には幼さがみえる。そういうところは彼の可愛いところだと思うが、それを言葉に出したらわかりやすくブチ切れるので、南泉は言葉を飲み込む。
 その代わり、とでもいうように「ばっかじゃねえの」と南泉は長義の頬をぐりぐりと強く押す。つついていたときとはまったく違う強さで。
「痛いよ、猫殺しくん」
「力入れてっからにゃ。そりゃいてーんじゃねえの?」
 ニヤニヤと笑みを浮かべ、一向に力を弱める気配はみせないまま、南泉は長義の頬を押し続ける。

 長義の言葉から推測するに、原因自体は南泉に絡むことではあるが、南泉が直接なにかをしたわけではない――ということ。
 どこまでも南泉に絡むことには過敏になる長義に、南泉は常々「わからない」という感情しかわかないのだが、このわからないことに関しては、尋ねようとはしなかった。
 触れないでいる――ということもまた、意味のあることのように南泉には思えるからだ。

「長義~さっさと言えよ」
 原因について、絶対に口を割らせる、そう決めているからこそ、同じ行動を繰り返すが、そろそろ厭きてきたこともあり、南泉は長義のことをせっつく。
 長義は長義でさすがにつつかれてる頬が痛いのか、南泉の指先を握り締めて動きを止めさせると、渋々といった感じで、口を開く。
「……くだらない、ことだよ」
「でもお前にとっては、くだらなくないんだろ、にゃ?」
 ちゃんと訊いてやる、そういう態度を出せば、長義は南泉の目をしっかりとみつめ、はぁーっと嫌気満載のため息を吐き出し。
「君が好きっていうだけで、動く奴らが多すぎるんだよ……」
「はっ? なんだ、それ?」
「夕食にでた小鉢、君が好きだと言った途端に君の刀派の刀たちがこぞって君に渡してきただろう……」
「あー……や、でもそんなんたいしたことねぇだろ?」
 南泉にしたらそういえばそんなことがあったな、くらいのことでしかないのだが、どうやらそれは長義にしたら問題のようだ。
「君のいう好きは、周りからしたら違うんだよ。自覚をもってほしいよ、本当に……」
 そう言いながら長義は南泉の指を握り締めている箇所力を込めてきた。
 自覚をしてくれ、そんな意思があるかのように……――。




「どれだけ惚れさせたいの!好き!」


 南泉は事務作業が苦手というほどではないが、得意でもなく、しかしできるのであればやりたくない、というのが、本心である。
 そんな本心は、事務作業における手際の悪さにも現れている。
 気がそぞろで脱線しやすく、つまりはすぐに集中力が切れるのだ。  いつになく切れる集中力に、両手をあげてお手上げとした南泉は、適材適所、こういうときはこの手のことが得意な刀に手伝ってもらおうと、長義の元へと向かう。
 本日の彼の刀は非番なので自室にいるはずなのだ。

 軽くノックをするが、返事が返ってくるよりも先に南泉は足を踏み入れる。
「山姥切ぃー、入るにゃー」
「……返事がないうちから足を踏み入れるのは、どうかと思うよ。猫殺しくん」
 読書をしたいたのか、資料を読んでいたのか、文机には本が開かれている。開いてるページを手で押さえながら、長義は南泉のいる方向へと身体を向ける。
 そして「はぁっ」とわざとらしい演技の入った態度をしてくるが、南泉はへらっとした笑みを浮かべ「んなの、今更だろ」と悪びれもせずに言ってのける。
「確かに君の言うとおりだけどね。で、一体なんの仕事を押し付けようとしてるんだい、猫殺しくん?」
 南泉が来た理由を話すよりも先に、すべてお見通しだと言わんばかりに先手を打ってくる長義に「まだなにも言ってないにゃ」としらばっくれてみるが「正直に言わないのなら、俺は手伝わないよ」ときっぱりと言い切られ、しらを切り続けたらよくない展開にしかならないという危険を察知した南泉は即座に「この資料作成を手伝ってほしいにゃ」と持ってきた資料を両手ですっと長義に差し出す。
 それを受け取ると長義は、ふっと鼻で笑うと。
「業務中の猫殺しくんが俺のところに来るときはいつだってなにかを俺にやらせようっていう魂胆のときなんだから、最初から素直に言うべきだと思うが?」
 行動と言葉に差があるのは、長義の性格によるものからきていることは承知しているが、いちいいちなにか言わないと気が済まないのであろうこの性格には、南泉は正直面倒くさいと思っている。絶対に言葉にはしないけれど。
 その代わり。
「オレのことよぉーっくわかってる山姥切長義、さすがだにゃ! さすがすぎてびっくりだにゃ!」
 胡散臭さ満載の褒め言葉を並べる。
 その胡散臭さしかない南泉の言葉に、長義の眉間にはしわが寄る。それはもう見事なほど、くっきりと浮かんでいる。褒めてないわけではないからこそ、文句を言うにも言えず、というところだろう。
 しかしそこはひと癖もふた癖もある性格をしている刀。切り替えが早い。
「それは当然だろう。大切な君のことだからね」
「……っ!」
 反撃をされただけだとわかっている。わかっているが、南泉は思わず息を呑んだ。
 南泉とは違い、胡散臭さもなにもなく、真っ直ぐ向けられた言葉だからだ。
 南泉はたまらずその場にしゃがみこみ、頭を抱える。
「おや、どうしたんだい猫殺しくん」
「どうもしねぇにゃっ! ただお前がどれだけオレを惚れさせたいんだって思ってるだけだよ! ああくそっ。なんでお前みたいなやつのこと好きなんだよ……」
 泣き言のように吐き出された南泉の言葉は、長義がまったく予期していたものではないこともあり、長義は長義でたまらず息を呑んだのだが、余裕のない南泉にそれは届かなかった。




「ったく、もう」


「そもそも言い出したのは、君からだよ?」
「んなの、わかってる! にゃ……」
「俺はそんな難しいことを言ってるかな?」
「たぶん、言って、ねえ、にゃ」
 南泉の分が悪いことは本人も自覚しているところなのだろう。強気の態度でごまかして乗り切るつもりでいたのだろうが、それがどうにもできそうにないことに気付いてからは、逃げ道を必死に探っている。そんな状態だ。
「君は……自分の分が悪いから、逃げるのか?」
「にゃっ!?」
 あえて痛いところをつけば、瞬間湯沸かし器よろしく、イラッとした態度を即座にだしてくる。
(ほら、そういうところだよ)
 逃げてるくせに、そこを指摘すればまるで違うとでもいうような態度をみせる。あっているのに。

 ――とはいえ、こうなることは、長義の中で、予想済みであった。
 往々にして南泉という刀は、戦においては止めても訊かないカチコミ隊長をするが、それ以外では、正しくは長義相手では、受け身の姿勢がとんでもなく、強い。与えられてしかるべき、与えられて当然、己にはそれだけの価値がある、とでも言わんばかりに。

(まったく、もう……)

「仕方ないから俺が折れてあげるよ、南泉」
 言葉とともに両手を広げてあげれば、ぱっと評価をかがやかせた南泉が、素直に腕の中に飛び込んできた。