#02:黄昏る誰そ彼

掲載内容
黄昏る誰そ彼


 刀という物の形から、人の身を得たからには、人と同じように食べたり、寝たり、様々なことを人がしているのと同じようにしていくことが、付喪神であっても求められる。
 それが本丸という場所で、審神者によって顕現された付喪神たちに課せられた課題とでも言おうか。
 そんな課題のひとつとして、本丸での共同生活を円満に行うための当番というものがある。畑当番、馬当番、掃除当番、洗濯当番、厨当番、当番というくくりにしていいのか迷うところではあるが手合わせや他の本丸との演練など、様々なものがある。
 本日南泉は、洗濯当番であった。
 洗濯当番とは、その言葉が示すとおり、本丸に在る刀剣男士たちの洗濯物を洗い、干し、乾いたら取り込み、たたみ、持ち主へと届けるまでが一連の作業となる。
 現在、洗濯当番の刀剣男士たちで行われているのは、乾いて取り込んだ大量の洗濯物を仕分けし、たたんでいるところである。
 ――の、だが。
「こんなことしたくないんだけどぉー」
 駄々をこねる己の刀派の、顕現してから日の浅い目上の刀の機嫌をなだめ、作業をさせるべく必死になる、本来の作業とはまったく異なることを南泉はしていた。
「姫鶴の兄貴! そんなこと言わないで、やろう、にゃ!?」
「代わりに南くんがやってよぉ」
「やってもいいけど、でもそれは違うというか、それじゃだめっていうかああああああ」
 傍若無人で自由極まりない、なんならどこまでも面倒くさいことにしかならない、扱いづらい同派の刀に対し、南泉は悲鳴をあげながらも必死に当番をさせるためにサポート役をしていた。
 それが本日、姫鶴とともに洗濯当番が割り当てられていた南泉の役目のひとつとなっていたからだ。

 顕現して日が浅い刀剣男士には、本丸での生活に馴染むまでは、同じ刀派であったり、縁のある刀だったりがサポート役に着くのがここでの習わしであった。
 福岡一文字派の中で誰よりも先に、先陣を切って顕現したのは、南泉だ。なので南泉は同じ刀派の刀たちに本丸での生活についてのサポート役をしてきた。
 姫鶴は南泉がサポート役をする四振目の刀だ。四振目ともなれば、それなりに慣れたもの――と、思われるところであるが、南泉以外の刀はみな南泉よりも格上の刀たちで、格式を重んじるところがある福岡一文字派ゆえに、南泉は様々な神経をすり減らしながらサポートをするはめになっていた。
 刀派があろうとなかろうと、逸話の有る無し関わらず、付喪神として顕現するのだから、どの刀もそれなりに癖の強さはあるだろう。逸話があって顕現している南泉ではあるが、南泉にだって多かれ少なかれの癖の強さはあるだろうと考えるようにしている。
 そう考えたくなるくらいには、南泉の刀派で顕現してきた刀たちは、とんでもなく癖が強い。
 その癖の強さに今これほどまでに翻弄されているのだから、己にもその系譜はあると思いたいのだ。癖の強さに対抗するには、癖の強さしかない、という単純的思考ではあるけれど。
 そんなわけで現在福岡一文字派の中で一番癖が強いと思われる姫鶴一文字、彼の刀の本丸での過ごし方あれこれを南泉はサポートしているわけだが、癖が強すぎて一筋縄ではいかないために、南泉はかなり骨を折っていた。

 本日の洗濯当番には姫鶴が可愛がっている上杉縁の短刀はいない。せめてどちらかがいてくれたら、多少は違ったかもしれない。そんな希望を持ちたくなってしまうくらいには、南泉は誰かの手を借りたくなっていた。
「姫鶴の兄貴ー! たたんで、持ち主に届けたらそれでこれ終わりだから、あと少しだし、やってくれにゃー」
 けれど助けてくれる手はないので、南泉は悲痛な面持ちで叫ぶのだった。
「あと少しって言われても、やりたくないんだよねぇ」
 だが南泉がどれだけ嘆こうともやはり姫鶴は平然と拒否の言葉を口にする。やりたくないないものはやりたくない、そこにあるのは彼の刀の強い意思であろう。その強い意思を今発揮されても困るだけなのだが……。
 南泉は頭を抱えたくなりつつも、姫鶴にどうにかして作業してもらうべく策を練るしかない。練るしかないのだが、これという案がさくっと出てくるわけでもないので、やはり口で訴えていくしかないのであった。
「謙信と五虎退の洗濯物を姫鶴の兄貴がたたんで届けたら喜ぶと思うにゃ!」
「んー。けんけんとごこがよろこぶのは、いいなぁ」
「そうにゃ! 喜ぶにゃ! だから姫鶴の兄貴やろうにゃ!」
 乗り気になった姫鶴をここぞとばかりによいしょして、南泉はこのままどうにかして本日の当番を終わらせるべく、奔走するのだった。