#01:Gift
掲載内容
寝
食
旅
【寝】
「ごろごろする、にゃ!」
猫を斬った逸話を持つ刀ゆえの猫の呪いか、元々の性質からきているものか、そこに関しての真偽は不明としか言えないが、南泉は昼寝をするのに抜群の場所を探すことに長けていることは、確かである。
そんな南泉の習性を獅子王の鵺だったり、五虎退の虎だったり、本丸に住み着いてる猫だったりは理解しているようで、南泉が寝ている縁側にはなにかしらがそばにいることが多かった。
獣の集まりというか、集会のような、そういう類のものとして本丸では認識されていた。
――が、そのことをどうにも面白く思っていない刀もいる。
それは言うまでもなく山姥切長義である。
南泉一振りが縁側で寝ているだけならそれはまだ許容範囲とされたが、その他のオプションがついていると、とたんに苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、軽く舌打ちをするのであった。
しかしそこは高いプライドを持つ山姥切の本歌。他の刀が絶対にいないところでしか、そういった態度をとることはしない。
今は周りに他の刀の姿もなく、長義一振りしかいないので、わかりやすく態度に出すのであった。
(猫殺しくんはまた! 無防備にいろんなものをはべらせて!)
今日は本丸に住み着いている多数の猫が南泉の周りで一緒に寝ている。
長義は己以外が南泉のそばにいることがひどく面白くないのだ。南泉にかかわることに関しては、極端なまでに心の狭さが表れる。それゆえ己だけしかいないときは、その不満を一切隠すことがない。
「猫殺しくん」
発せられた声は、低く、威圧感を丸出しにしたものとなったけれど、その声に反応はない。気持ちよさそうな寝息だけが、縁側に響く。
「起きなよ、猫殺しくん」
再度発した声もやはり低く、威圧感は丸出しのままではあるが、立ったままで声をかけたさきほどとは違い、しゃがんで距離を近づけた状態では、南泉の反応は違うものとなる。小さなうめき声が、こぼれたからだ。
目を覚ますまで、もうそろそろというところだろう。
「猫殺しくん」
今度は名前を呼びながら人差し指でつむじに狙いを定め、そこをつつく。反応が出てきたからか、長義の声からは威圧感は少しだけ減っていた。
それは無意識にされた反応。ある面では長義はとても単純なのだ。良くも悪くも、南泉に振り回される単純な刀なのだ。
「……っん、だよ……」
うっとうしさがあるのか、長義の手を振り払うような仕草とともに南泉の目が開かれる。
赤い瞳孔、緑に金がかかったグラデーションの虹彩、南泉の名前の由来となっている猫を彷彿させる瞳が、長義のことをみつめてくる。
その南泉の艶やかな瞳に長義の姿がしっかりと映る。
南泉が長義のことをしっかりと捉えている、それだけのことでも、長義は口元をほころばせる。
ほころばせた口元を隠すこともせず、長義は手を振り払われているというのに、そんなことは意に返さないとばかりに、南泉のつむじをつつくことを止めずにつつき続けながら、「おはよう猫殺しくん」とかける声音は、先程までとは打って変わりいくらか高いものとなっていた。
機嫌の良くなった長義とは対照的に、開かれた南泉の瞳が眉間にしわを寄せつつ細められ、不満そうな表情へと歪められる。
そして不満の原因であろう長義の手を握りしめ、動きを強制的に止めてくる。
「やめろ、にゃっ!」
さらに刺々しさを存分に含んだ調子の声色でも長義のことをいさめてくる。
そんな南泉の声に驚いた、南泉の周りで寝ていた猫たちは一斉に散っていく。これで縁側は本当に長義と南泉のみとなり、ますます長義の機嫌は良くなる。
それを隠そうともしない長義に気付かないほど、南泉ももうろくしているわけではない。むしろ露骨すぎるほど露骨な長義の態度に、南泉はげんなりとした表情を浮かべていた。
「お前……本当に、オレに執着しすぎじゃねぇの……」
南泉がこぼした言葉は、どうしようもない本音なのだろう。けれどそれを茶化すような言葉で長義はさらりと流す。 「そんな風に言うということは、君は俺が君に執着してるのを理解してる上で、日頃から猫やらなにやらをはべらせているのか? 猫殺しくんはひどい刀だね」
「うっわ……あたまいてぇ、にゃ」
長義がまともに取り合わないからか、南泉からは「はぁーっ」というわざとらしさしかない、深い、深いため息が付け加えられる。
しかしそんな南泉を目の前にしても、長義の口元は笑みを浮かべたままで、機嫌の良さしかそこには存在していない。
「……もういいにゃ。お前はそういうやつだよ。オレはそれをよーっく知ってんだにゃ」
確実に諦めというものだけが南泉を占めている、そんなことが伝わってくる言葉ではあるが、長義はお構いなしとばかりに「君がそれだけ俺に深い理解をしてくれていることに感謝しよう」と満面の笑みを浮かべて告げれば、やはり南泉はげんなりした表情のまま、けれどこれ以上のやりとりは無駄でしかないという判断なのか「あーもーそれでいいにゃ。もういいから、起こせ、にゃ」と投げやりの態度のまま、長義の手を握りしめていた手を、離す。
南泉の言葉通りに長義は離された手でもって、南泉のことを起こす。
「んっ。ありがと、にゃ」
どんな状況であろうと礼節を重んじるのは南泉の良いところであり、それはまた彼の刀が福岡一文字という由緒ある刀派であり、無代という価値を持っていることにも由来しているのだろう――そんな風に長義に思わせる。
だが付喪神として、刀剣男士として顕現している今、刀の形であったときのことは今へと繋がる流れではあるものの、そこまで重要視されることではない。ただ南泉一文字という刀の在り方が実直であるということが、どれだけの時間が流れようと変わることはない、というだけのこと。
そういう刀だからこそ、長きにわたり長義のことを魅了しているのだ。
そんなことを思いながら、なにも言わず、ただ南泉のことをみつめている長義であったが、それを不思議に思ったのか、南泉は首を傾げる。
「どうしたんだにゃ?」
「ん? いや、君は今も昔も変わらずに美しいなと思ってね」
「なっ! おまっ!? いっ、いきなりなに言い出すんだ、にゃっ!!」
大きな瞳を一段と大きく見開かせ、そういうところも猫のようだと思わせる仕草を惜しげもなく披露してくる南泉に、長義は目を細め、穏やかな笑みを浮かべる。
「いつも思っていることだよ」
言葉にしないだけで、長義はいつだって南泉のことを美しい刀だと思っているし、ずっとずっと愛おしいと思っているのだ。それだけ長義にとって南泉は特別な相手だ。ただそれを頻繁に口にしないだけのこと。
頻繁に言葉に出してしまえば、どんどんちっぽけなものへとなり果てるような気がしているし、こういうことはたまに言葉にするからいいものなのだ。
こんな風に、目に見えて愛らしい反応をしてくる相手をみることができるのだから。
だがそれは時と場所というものを選ぶので、耳まで真っ赤にした南泉に長義は叱られる。
「……こんなところで! するような話じゃないっ! にゃっ!」
「ならどこならいいんだ?」
しかしたたみかけるように南泉に追い打ちをかければ、思いっきりふくれっ面をされてしまう。
「知らねぇにゃっ!!」
そこまでの声量ではないけれど怒鳴りつけるように吐き捨てると、そのまま長義の目の前から去るために、南泉は廊下をすたすたと歩き出す。
けれど意に介すこともない長義は呑気に「俺を置いていくなんてひどいんじゃないか?」と言いながらそのあとをついていく。
南泉以外には滅多にみせることのない、腹の底から楽しげな笑みを浮かべながら――。
― 了 ―